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成年後見人の不動産売却7ステップ|家裁の許可と必要書類を司法書士が解説

成年後見人による不動産売却で最初に確認すべきなのは、「その不動産が本人の居住用に当たるかどうか」です。ここを見誤ると、必要な家庭裁判所の許可を欠いたまま手続きを進めてしまい、契約自体が無効になるおそれがあります。

「親が認知症になり、施設費用のために実家を売りたい」

そんな場面で頼りになる成年後見制度ですが、後見人に選任されたからといって何でも自由に処分できるわけではありません。

この記事では、裁判所・国税庁などの公的資料を中心に、実務上参照される資料も踏まえて、成年後見人が不動産を売却するときのルール、居住用・非居住用の違い、売却の流れ、必要書類、費用と期間、許可が下りないケース、認知症になる前にできる対策まで整理しました。

ぜひ、最後までお読みいただき参考にしていただければと思います。

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それでは本文に入っていきましょう。

  1. 成年後見人でも不動産は自由に売れない?「居住用かどうか」が最大の分かれ目
    1. 居住用不動産の売却は家庭裁判所の許可が絶対に必要
    2. 非居住用不動産は許可不要でも自由処分ではない
    3. 許可を取らずに売ったらどうなるのか
  2. そもそも成年後見制度って何?知っておきたい基礎知識
    1. 法定後見と任意後見はどう違う
    2. 後見・保佐・補助の3つの類型と権限の範囲
    3. 後見人になれる人・なれない人
  3. 「居住用不動産」の範囲は意外と広い――施設に入っていても該当するケース
    1. 住民票を移しても「居住用」になることがある
    2. 入所前に住んでいた家や将来帰る可能性がある家も対象
    3. 居住用かどうか迷ったらまず家庭裁判所に確認を
  4. 成年後見人が不動産を売却する流れを7ステップで解説
    1. ステップ1 成年後見の申立てと後見人の選任
    2. ステップ2 不動産会社に査定を依頼する
    3. ステップ3 媒介契約を結んで売却活動をスタートする
    4. ステップ4 買主と売買契約を結ぶ(停止条件付き)
    5. ステップ5 家庭裁判所に居住用不動産処分許可を申し立てる
    6. ステップ6 許可が出たら決済・登記・引渡しを行う
    7. ステップ7 売却後の家庭裁判所への報告と確定申告
  5. 家庭裁判所への申立てで必要な書類・費用・期間の目安
    1. 申立てに必要な書類一覧
    2. かかる費用は印紙800円だけではない
    3. 後見人の報酬はどう決まるのか
    4. 後見人選任から売却完了までどのくらいかかるのか
  6. 許可される場合・されない場合を分ける4つの判断基準
    1. 1.売却しなければならない理由が本人のためか
    2. 2.売却価格は相場から見て適正か
    3. 3.売却代金は本人のためにきちんと管理されるか
    4. 4.本人の住まいは確保できるか、親族の反対はないか
  7. 実務で起きやすいトラブルと事前に防ぐためのポイント
    1. 停止条件付き契約を使わないと違約金リスクがある
    2. 親族を後見人候補にしても選ばれないことがある
    3. 売却が終わっても後見制度は原則として続く
    4. 売却代金の私的流用は解任・損害賠償の対象になる
  8. 認知症になる前にできる3つの選択肢を比較する
    1. 任意後見制度――代理権目録に売却権限を入れておけば柔軟に動ける
    2. 家族信託――裁判所の許可なしで売却できるが設計コストがかかる
    3. 生前贈与――所有権を移せるが贈与税と相続トラブルに注意
  9. 成年後見人による不動産売却でよくある質問
    1. Q. いま住んでいない実家も「居住用不動産」になりますか?
    2. Q. 家庭裁判所の許可が出る前に売買契約を結んでも大丈夫ですか?
    3. Q. 売却したお金を家族の生活費や相続対策に使えますか?
    4. Q. 親族を後見人に指名すれば必ずその人が選ばれますか?
    5. Q. 任意後見なら家庭裁判所の許可なしで家を売れますか?
    6. Q. 不動産を売却したら成年後見制度をやめられますか?
    7. Q. 成年後見人の報酬は毎月いくらくらいですか?
  10. まとめ――成年後見人の不動産売却で失敗しないために確認する3つのこと

成年後見人でも不動産は自由に売れない?「居住用かどうか」が最大の分かれ目

成年後見人は本人に代わって財産を管理する権限を持っていますが、不動産の売却となると話は別です。とくに「その不動産が本人の居住用かどうか」で、手続きの難易度も法的リスクもまったく変わってきます。ここを見誤ると、せっかく進めた売却がすべて無駄になる可能性すらあるため、最初に確実に押さえておく必要があります。

居住用不動産の売却は家庭裁判所の許可が絶対に必要

民法859条の3は、成年後見人が本人の「居住の用に供する建物又はその敷地」を処分するには、家庭裁判所の許可が必要であると定めています。ここでいう「処分」とは売却だけではありません。賃貸借契約の締結や解除、抵当権の設定、建物の取り壊しなど、本人の住まいに影響を及ぼす行為全般が対象になります。

なぜこれほど厳しいルールがあるのかというと、住まいは本人の生活基盤そのものだからです。認知症などで判断能力が低下している方にとって、住む場所を失うことは精神的にも身体的にも大きなダメージになりかねません。そのため、家庭裁判所が「本人のためになる売却かどうか」を慎重に審査したうえで、はじめて売却が認められる仕組みになっています。

許可を得るためには、売却の必要性を裏付ける資料(施設費用の見積もり、本人の収支状況など)と、売却価格が相場と乖離していないことを示す査定書などを提出しなければなりません。「後見人に選任されたから、あとは自由に売れる」というのは大きな誤解であり、実務では許可取得のための準備が最も時間と手間のかかるプロセスになります。

非居住用不動産は許可不要でも自由処分ではない

本人が居住の用に供していない不動産――たとえば遠方にある空き地や投資用マンション、駐車場として貸している土地などは、民法859条の3の直接の適用対象にはなりません。つまり、家庭裁判所の許可を得なくても売却手続き自体は進められます。

ただし「許可が不要=好きなように売れる」というわけではありません。後見人には民法858条に基づく善管注意義務があり、すべての行為を「本人の利益」のために行わなければなりません。売却の合理的な理由がない、相場より大幅に安い価格で親族に譲渡する、売却代金を本人以外の目的に使う――こうした行為は善管注意義務違反にあたり、後見人の解任や損害賠償請求につながるおそれがあります。

また、後見監督人が選任されている場合は、非居住用不動産の売却であっても監督人の同意が必要です。後見監督人は家庭裁判所が選任する「後見人のチェック役」であり、不適切な処分を未然に防ぐ役割を担っています。非居住用だからといって安易に進めず、売却理由・価格・代金の使途について説明できる準備を整えてから動くことが大切です。

許可を取らずに売ったらどうなるのか

居住用不動産であるにもかかわらず、家庭裁判所の許可を得ないまま売却してしまった場合、その売買契約は無効になります。「取り消せる」のではなく、はじめから法的効力がないという扱いです。

無効になると、所有権移転登記も本来は成立していないことになりますし、買主が支払った代金の返還問題が発生します。買主にとっても大きな損害となるため、後見人は損害賠償責任を問われる可能性があります。さらに、このような不適切な処分を行った後見人は家庭裁判所から解任され、場合によっては背任や横領として刑事責任を追及されるケースも否定できません。

こうしたリスクを防ぐために、実務では売買契約に「停止条件」を付けるのが標準的な対応です。家庭裁判所の許可取得を停止条件にすることで、許可が出なければ契約の効力は発生せず、受領済みの手付金も返還して取引を終了できます。買主にとっては「許可が下りなかったのに代金だけ払わされる」リスクがなくなり、後見人にとっては違約金や損害賠償を請求されるリスクを回避できます。成年後見人が売主となる取引では、不動産仲介会社もこの条件の付帯を前提として動くのが一般的です。

そもそも成年後見制度って何?知っておきたい基礎知識

成年後見人による不動産売却の話を理解するためには、まず成年後見制度の基本を押さえておく必要があります。制度そのものの仕組みや類型を知っておくことで、「なぜ裁判所の許可が必要なのか」「誰が後見人になるのか」といった疑問がすっきり解消するはずです。

法定後見と任意後見はどう違う

成年後見制度には大きく分けて「法定後見」と「任意後見」の2種類があります。どちらも判断能力が低下した方の財産や生活を守るための制度ですが、始まるタイミングと権限の決まり方がまったく異なります。

項目 法定後見 任意後見
開始のタイミング 本人の判断能力がすでに低下した後に、家庭裁判所への申立てにより開始 本人に判断能力があるうちに公正証書で契約を結び、将来判断能力が低下したときに発効
後見人の決め方 家庭裁判所が本人にとって最適な人を選任する。申立書に候補者を書いても、必ずその人が選ばれるとは限らない 本人が信頼する人を自分で選び、あらかじめ契約で決めておく
権限の範囲 法律で定められた範囲内で代理権・同意権・取消権を持つ(類型により異なる) 契約の「代理権目録」に記載した範囲内で代理権を行使する
監督のしくみ 家庭裁判所が直接監督する 家庭裁判所が選任した任意後見監督人が監督する
居住用不動産の売却 家庭裁判所の許可が必要 家庭裁判所の処分許可は原則不要。ただし代理権目録の範囲内で、任意後見監督人と連携して慎重に進める必要がある

ここで注意したいのは、任意後見と法定後見とでは居住用不動産の扱いが異なる点です。法定後見(後見・保佐・補助)では、居住用不動産の処分に家庭裁判所の許可が必要ですが、任意後見では代理権目録に不動産売却の権限が定められていれば、家庭裁判所の処分許可は原則不要とされています。

ただし、本人の重要財産の処分に当たるため、売却の必要性や価格の妥当性を慎重に検討し、任意後見監督人に事前相談したうえで進める必要があります。任意後見のメリットは「後見人を自分で選べる」「権限の範囲を柔軟に設計できる」という点にあり、法定後見に比べて柔軟な運用が可能です。

後見・保佐・補助の3つの類型と権限の範囲

法定後見はさらに「後見」「保佐」「補助」の3つの類型に分かれています。どの類型が適用されるかは、本人の判断能力の程度によって家庭裁判所が判断します。

類型 対象となる方 選任される支援者 不動産売却との関係
後見 判断能力を欠くのが通常の状態の方 成年後見人 後見人が本人に代わって売買契約を締結できる。ただし居住用不動産は家庭裁判所の許可が必要
保佐 判断能力が著しく不十分な方 保佐人 不動産売買は「重要な法律行為」に該当し、保佐人の同意が必要。保佐人が代理するには別途「代理権付与の審判」が必要
補助 判断能力が不十分な方 補助人 本人の同意を前提に、特定の法律行為について補助人に同意権・代理権を付与。不動産売買の代理には代理権付与の審判が必要

不動産売却の場面で最も多いのは「後見」類型です。認知症が進行して本人が契約行為をまったく行えない状態であれば、後見人が包括的な代理権を持つため、売買契約の締結から登記手続きまで一貫して後見人が対応できます。一方、保佐や補助の場合は権限が限定的であり、不動産売却に関する代理権が付与されていなければ、別途家庭裁判所に「代理権付与の審判」を申し立てる必要があります。

成年後見制度の見直しは現在進行中で、法務省の部会では2025年6月10日に中間試案が取りまとめられ、2026年1月27日に要綱案が示され、同年2月12日に法制審議会が法務大臣に答申しました。さらに、2026年4月3日には、成年後見制度と遺言制度の見直しを含む民法等改正法案が閣議決定されています。もっとも、現時点では成立・施行前の段階であるため、この記事では現行法を前提に解説します。

後見人になれる人・なれない人

後見人の候補者には、大きく分けて「親族」と「専門職」の2つのパターンがあります。

親族としては配偶者、子、兄弟姉妹などが、専門職としては弁護士、司法書士、社会福祉士などが代表的です。市区町村が養成する「市民後見人」が選任されるケースも増えてきました。

一方、以下に該当する方は後見人になることができません(欠格事由)。

  • 未成年者
  • 過去に後見人等を解任された人
  • 破産者
  • 本人に対して訴訟をしている人、またはその配偶者・直系血族
  • 行方不明の人

ここで知っておきたいのが、申立書に候補者を記載しても、必ずその人が後見人に選ばれるわけではないという点です。家庭裁判所は本人の利益を最優先に考えて後見人を決定します。財産の規模が大きい、親族間で意見が対立している、管理が複雑で専門知識を要する――こうしたケースでは、弁護士や司法書士といった専門職が後見人に選任されることが多くなります。

最高裁の最新公表資料(2025年1月〜12月)では、親族が成年後見人等に選任された割合は16.4%で、親族が候補者として申立書に記載された事件の割合は19.7%でした。残りの約83.6%は弁護士・司法書士・社会福祉士などの第三者後見人です。ただし、これは「親族が希望しても選ばれない」という意味ではありません。そもそも親族を候補者に立てる申立て自体が全体の約2割にとどまっていることが、親族選任の割合が低く見える主な原因です。親族候補が記載されていても、事案によっては専門職が選任されることがあるため、「親族ならほぼ通る」と断定するのは避けた方が安全ですが、適切な候補者であれば認められる可能性は十分にあります。

「居住用不動産」の範囲は意外と広い――施設に入っていても該当するケース

成年後見人による不動産売却で最もつまずきやすいのが、「その不動産が居住用に該当するかどうか」の判断です。多くの方が「本人がもう住んでいないのだから居住用ではないだろう」と考えがちですが、法律上の「居住用不動産」の範囲は一般的なイメージよりもかなり広く設定されています。

住民票を移しても「居住用」になることがある

居住用不動産に該当するかどうかは、住民票がどこにあるかという形式的な基準では判断されません。裁判所が重視するのは、あくまでも実態です。具体的には、本人がその建物を現に生活の本拠としているか、過去に生活の本拠としていたか、将来戻って暮らす可能性があるか――こうした事情を総合的に考慮して判断が行われます。

たとえば、認知症が進行して特別養護老人ホームに入所し、住民票も施設の住所に移した場合を考えてみましょう。この状況では「もう自宅には住んでいないし、住民票も移している」ことから、居住用不動産には当たらないと思うかもしれません。しかし、本人の症状が改善して自宅に戻る可能性が残っている場合は、住民票の移動にかかわらず居住用不動産として扱われます。施設に入っていても、入院中であっても同じです。

住民票の所在地はあくまで行政上の届出にすぎず、法律上の「居住用」の判定とは直接連動しません。この点を誤解していると、許可が必要な売却を無許可で進めてしまい、契約が無効になるという最悪の事態を招きかねません。

入所前に住んでいた家や将来帰る可能性がある家も対象

裁判所は、被後見人の生活基盤を守る観点から、居住用不動産の範囲を広く解釈する傾向にあります。具体的には、以下のようなケースでも居住用不動産に該当する可能性があります。

  • 老人ホーム入所前に住んでいた自宅(現在は空き家)
  • 入院前に住んでいた家(退院後に戻る可能性がある)
  • 現在は使っていないが、将来住む予定がある建物

この点について参考になるのが、東京地方裁判所の平成28年8月10日判決です。この判決は、民法859条の3の「居住の用に供する建物」について、現に住んでおらず具体的な帰宅予定がなくても、将来生活の本拠として用いる可能性があれば含まれ得ると述べました。もっとも、当該事案では、本人が施設を退去した場合に戻る先は売却対象建物ではなく別の住居であるとして、最終的にはその建物は居住用不動産に当たらず、家庭裁判所の許可も不要と判断されています。つまり、この判決が示しているのは「居住用の範囲は広めに考えるが、最終判断は本人の生活実態や帰住可能性を踏まえて個別に行う」という点です。

一方で、本人の認知症の症状がかなり進行しており、医学的に自宅での生活が極めて困難と判断される場合は、居住用不動産に該当しないとされた例もあります。いずれにしても、判断はケースバイケースであり、安易に「居住用ではない」と決めつけるのは危険です。

居住用かどうか迷ったらまず家庭裁判所に確認を

「この不動産は居住用に当たるのかどうか、正直よくわからない」という場面は実務でも珍しくありません。そんなときにやるべきことはシンプルで、家庭裁判所に事前相談することです。

家庭裁判所では、後見事件を担当する書記官や調査官が相談に応じてくれます。売却対象の不動産の状況(本人がいつまで住んでいたか、現在の使用状況、今後戻る見込みがあるか)を説明すれば、許可申立てが必要かどうかの方向性を教えてもらえます。正式な判断は許可申立ての審判で示されますが、事前に方向性を確認しておくことで、無駄な手続きや後戻りを防ぐことができます。

実務上は、迷うくらいなら許可を取っておく方が安全です。非居住用だと思って許可を取らずに売却したところ、後から居住用に該当すると判断されて契約が無効になった――そんな最悪のシナリオを避けるためにも、グレーゾーンの不動産は念のため許可申立てをしておくことをおすすめします。

不動産仲介会社や売買契約に関与する司法書士にとっても、許可書があれば安心して取引を進められるため、関係者全員にとってメリットがあります。

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成年後見人が不動産を売却する流れを7ステップで解説

成年後見人が居住用不動産を売却する場合、通常の不動産売却に比べて工程が多く、関係機関とのやり取りも複雑になります。

ここでは、後見人の選任から売却完了後の手続きまでを7つのステップに分けて解説します。全体像を把握しておくことで、各段階で何をすべきかが明確になり、スムーズに手続きを進められるでしょう。

ステップ1 成年後見の申立てと後見人の選任

不動産売却の第一歩は、成年後見制度を利用するための申立てです。すでに後見人が選任されている場合はこのステップは不要ですが、まだ制度を利用していない場合は、まずここから始める必要があります。

申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、市区町村長などです。申立先は本人の住所地を管轄する家庭裁判所になります。申立てに必要な書類は、申立書、本人の戸籍謄本・住民票、医師の診断書、本人情報シート、財産目録、収支状況報告書など多岐にわたります。書類の不備があると手続きが遅れるため、管轄の家庭裁判所のウェブサイトで最新の必要書類リストを確認してから準備するのが確実です。

費用面では、申立手数料として800円の収入印紙、後見登記の手数料として2,600円の収入印紙、そして裁判所との連絡に使う郵便切手(家庭裁判所によって異なるが、おおむね3,000〜5,000円程度)がかかります。家庭裁判所が鑑定(判断能力の医学的評価)を必要と判断した場合は、鑑定費用として5万〜10万円程度が別途必要です。ただし、鑑定が実施されるのは全体の数パーセント程度であり、多くのケースでは診断書のみで審理が進みます。

申立てから一定の結論が出るまでの期間は事案によって異なりますが、最高裁の最新資料(令和7年1〜12月)では、成年後見関係事件の終局事件のうち約71.1%が2か月以内、約93.8%が4か月以内に終局しています。

ステップ2 不動産会社に査定を依頼する

後見人に選任されたら、まず本人の財産状況を把握するために財産調査を行い、財産目録を作成します。この目録が完成するまでは、原則として「急迫の必要がある行為」しか行えないため、いきなり売却活動をスタートすることはできません。

財産調査が一段落したら、売却予定の不動産について不動産仲介会社に査定を依頼します。家庭裁判所は売却価格の妥当性を審査する際に査定書を参考にするため、できれば複数の会社から査定を取得し、相場観を把握しておくことが重要です。

査定には「簡易査定(机上査定)」と「訪問査定」の2種類があり、簡易査定は無料で対応してくれる会社がほとんどです。正式な不動産鑑定(不動産鑑定士による評価)を裁判所から求められるケースもゼロではありませんが、通常は仲介会社の査定書で問題ありません。査定結果を比較して妥当な価格帯を把握し、売却理由とあわせて「本人の利益のための適正な売却である」ことを説明できる材料を整えましょう。

ステップ3 媒介契約を結んで売却活動をスタートする

査定結果をもとに売出価格を決定したら、不動産仲介会社と媒介契約を締結して売却活動を開始します。媒介契約には「一般媒介」「専任媒介」「専属専任媒介」の3種類がありますが、成年後見人による売却では専任媒介契約が選ばれることが多い傾向にあります。

専任媒介契約は1社のみに仲介を依頼する形式で、不動産会社には2週間に1回以上の業務報告義務が課せられます。この報告内容は家庭裁判所への進捗説明にも活用できるため、後見事務の管理上も都合が良いのです。

売却活動を始める際に忘れてはならないのは、買主候補者や仲介会社に対して「この売却には家庭裁判所の許可が必要であること」を事前に伝えておくことです。通常の不動産取引とは異なり、契約後に許可取得のプロセスが入るため、決済までのスケジュールが通常より長くなります。この点を事前に説明しておかないと、買主が「契約したのにいつまでも決済できない」と不信感を抱く原因になりかねません。

ステップ4 買主と売買契約を結ぶ(停止条件付き)

購入希望者が見つかったら、売買契約の締結に進みます。ここで最も重要なのが、契約書に「停止条件」を付けることです。具体的には「家庭裁判所の居住用不動産処分許可が得られることを条件として、本契約の効力が生じる」という条項を盛り込みます。

この停止条件がないまま通常の売買契約を結んでしまうと、万が一許可が下りなかった場合に深刻な問題が生じます。売主である後見人は契約不履行の責任を負い、買主から違約金や損害賠償を請求されるリスクがあります。停止条件付きであれば、許可が下りなかった時点で契約が白紙に戻るため、双方にとって安全です。

手付金の取り扱いにも注意が必要です。停止条件が成就する前に受け取った手付金は、許可が下りなかった場合に全額返還する義務が生じるため、本人の財産とは分別して管理しなければなりません。また、東京家庭裁判所などでは、売買契約書の「案」を添付して許可申立てを行い、許可が出てから正式に契約を締結するという運用もあります。管轄の家庭裁判所によって運用が異なるため、事前に確認しておくのが確実です。

ステップ5 家庭裁判所に居住用不動産処分許可を申し立てる

売買契約(または契約書案)が整ったら、家庭裁判所に「居住用不動産処分許可」の申立てを行います。この申立てには以下の書類が必要です。

  • 居住用不動産処分許可申立書
  • 売買契約書の案、または停止条件付きで締結した売買契約書の写し
  • 売却対象不動産の登記事項証明書(全部事項証明書)
  • 固定資産評価証明書
  • 不動産会社の査定書
  • 売却の必要性を説明する上申書(施設費用の明細や本人の収支状況など)

申立てにかかる費用は、収入印紙800円と郵便切手(東京家庭裁判所の場合110円)です。費用自体は高額ではありませんが、添付する書類の準備にはそれなりの手間と時間がかかります。

家庭裁判所は、申立てを受けると以下の4つの観点から総合的に審査を行います。売却しなければならない理由が本人のためか、売却価格が相場と比べて適正か、売却代金が本人のために管理されるか、本人の住まいは確保されているか。この審査には一般的に1か月前後かかりますが、裁判所の繁忙度や事案の複雑さによって前後します。

ステップ6 許可が出たら決済・登記・引渡しを行う

家庭裁判所から居住用不動産処分の許可が出たら、売買契約が確定します(停止条件付き契約の場合は、この時点で条件が成就して契約の効力が発生)。その後は通常の不動産取引と同様に、残代金の受領、所有権移転登記、物件の引渡しを行います。

決済日には、後見人が売主として残代金を受領し、司法書士が所有権移転登記の手続きを行います。登記申請の際には、後見人の権限を証明するために「成年後見登記に関する登記事項証明書」と、家庭裁判所の「許可決定書(審判書)」を提示する必要があります。

売却に伴う主な費用として、不動産仲介手数料(売買価格が400万円超の場合、上限は「売買価格×3%+6万円」に消費税を加えた額)、司法書士への報酬、抵当権がある場合は抹消登記費用、売買契約書の印紙税などがかかります。

印紙税は契約金額によって異なり、たとえば1,000万円超5,000万円以下の場合は本則税率で2万円ですが、令和9年3月31日までに作成される不動産譲渡契約書には軽減措置があり、その場合の税額は1万円です。なお、譲渡費用として典型的に認められるのは、仲介手数料や売主負担の印紙税など、売却のために直接かかった費用です。司法書士報酬や抵当権抹消費用の扱いは個別事情によって異なり得るため、申告前に税理士へ確認しましょう。いずれにしても、支出に関する領収証は必ず保管しておいてください。

ステップ7 売却後の家庭裁判所への報告と確定申告

不動産の引渡しが完了しても、後見人の仕事は終わりではありません。売却後に必要な手続きとして、家庭裁判所への報告と税務申告があります。

まず、家庭裁判所への報告です。後見人は定期的に財産管理報告書を裁判所に提出する義務があり、不動産売却後は売却代金の入金先、使途の予定、残高などを報告します。売却代金は本人名義の預貯金口座で適切に管理し、生活費や施設費用など本人のための支出に充てます。報告を怠ったり、代金の使途が不明瞭だったりすると、後見監督人の追加選任や後見人の解任につながるおそれがあります。

次に、確定申告です。不動産を売却して利益(譲渡所得)が生じた場合は、売却した年の翌年2月16日から3月15日までの間に確定申告を行い、所得税・住民税を納めます。譲渡所得の税率は、不動産の所有期間によって異なります。売却した年の1月1日時点で所有期間が5年を超える場合は「長期譲渡所得」として所得税15.315%+住民税5%(合計20.315%)、5年以下の場合は「短期譲渡所得」として所得税30.63%+住民税9%(合計39.63%)が課税されます。

なお、一定の条件を満たせば「居住用財産の3,000万円特別控除」を適用できる場合があります。本人が住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却するなどの要件がありますので、適用可否については税理士に相談することをおすすめします。

もうひとつ認識しておくべき重要な点があります。それは、不動産を売却しても成年後見制度は原則として終了しないということです。後見制度は本人が判断能力を回復するか亡くなるまで継続するため、売却が完了した後も後見人は財産管理と身上監護の責務を負い続けます。後見人が辞任するには家庭裁判所の許可が必要であり、「売却が終わったから」というだけでは正当な辞任理由とは認められません。

家庭裁判所への申立てで必要な書類・費用・期間の目安

成年後見人の不動産売却では、後見開始の申立てと居住用不動産処分許可の申立てという、2つの申立てが必要になるケースが大半です。それぞれで求められる書類や費用は異なり、事前に把握しておかないと準備に手間取ることになります。

ここでは、実務で必要な書類の全体像と、かかる費用・期間の目安を整理します。

申立てに必要な書類一覧

まず、後見開始の申立てと居住用不動産処分許可の申立てで必要な書類を整理しておきましょう。

後見開始の申立てで必要な書類

書類名 概要・取得先
後見開始申立書 家庭裁判所の所定様式。裁判所のウェブサイトからダウンロードできる
医師の診断書 家庭裁判所が指定する様式で作成。主治医や精神科医に依頼する
本人情報シート 本人の生活状況や支援の状況を記載。ケアマネジャーや福祉担当者に作成を依頼する
本人の戸籍謄本 本籍地の市区町村役場で取得
本人・申立人の住民票 住所地の市区町村役場で取得
「登記されていないことの証明書」 東京法務局後見登録課に申請(1通300円)。すでに後見等が開始されていないことを確認する書類
財産目録 本人の預貯金、不動産、有価証券、保険、負債などを一覧化する
収支状況報告書 本人の収入(年金等)と支出(施設費、医療費等)の現状を記載する
後見人候補者の住民票・身分証明書 親族が候補者となる場合に提出
親族関係図 四親等内の親族を一覧化した図

居住用不動産処分許可の申立てで追加で必要な書類

書類名 概要
居住用不動産処分許可申立書 家庭裁判所の所定様式
売買契約書の案(または停止条件付き契約書の写し) 売却条件を具体的に示すために添付する
不動産の登記事項証明書(全部事項証明書) 法務局で取得(1通600円)
固定資産評価証明書 不動産所在地の市区町村役場で取得
不動産会社の査定書 売却価格の妥当性を示す資料として複数社分が望ましい
売却理由を説明する上申書 施設費用の見積もり、本人の収支計画など売却の必要性を具体的に示す

必要書類は家庭裁判所によって微妙に異なることがあります。たとえば郵便切手の額や書類の呼称が違う場合があるため、申立て先の家庭裁判所のウェブサイトや窓口で最新の情報を確認してから準備を始めましょう。

かかる費用は印紙800円だけではない

成年後見制度の費用について「印紙800円で申立てできる」という情報だけを見て、安く済むと期待する方がいますが、実際にはさまざまな費用が積み重なります。全体像を把握しておかないと予算の見通しを誤る原因になります。

費用項目 金額の目安
後見開始申立ての印紙代 800円
後見登記の手数料 2,600円
郵便切手代 3,000〜5,000円程度(裁判所により異なる)
医師の診断書作成料 数千円〜1万円程度
鑑定費用(必要な場合のみ) 5万〜10万円程度
戸籍謄本・住民票等の取得費用 数千円程度
居住用不動産処分許可申立ての印紙代 800円
居住用不動産処分許可申立ての郵便切手 110円〜数百円(裁判所により異なる)
不動産仲介手数料 売買価格×3%+6万円+消費税(400万円超の場合の上限)
司法書士への登記報酬 数万円〜10万円程度
売買契約書の印紙税 売買価格により異なる(1,000万円超5,000万円以下の場合、本則2万円・軽減措置適用時1万円)

さらに、弁護士や司法書士に申立て手続きの代理を依頼する場合は、その報酬として10万〜30万円程度がかかるのが一般的です。自分で申立てを行えば専門家報酬は不要ですが、書類の作成や裁判所とのやり取りに不安がある場合は、専門家の力を借りた方がスムーズに進むケースも少なくありません。

申立てにかかる費用は原則として申立人が負担しますが、家庭裁判所の判断で本人の財産から支出することが認められる場合もあります。また、経済的に余裕がない場合は法テラス(日本司法支援センター)の立替制度を利用できる可能性があります。

後見人の報酬はどう決まるのか

後見人が受け取る報酬は、後見人が自分で勝手に決められるものではありません。後見人は「報酬付与の申立て」を家庭裁判所に行い、裁判所が審判によって報酬額を決定する仕組みになっています。報酬は本人の財産から支払われるため、本人の経済状況も考慮されます。

東京家庭裁判所が公表している報酬の目安は以下のとおりです。

管理財産額 後見人の基本報酬(月額) 後見監督人の基本報酬(月額)
1,000万円以下 2万円 1万〜2万円
1,000万円超〜5,000万円以下 3万〜4万円 1万〜2万円
5,000万円超 5万〜6万円 2万5,000円〜3万円

後見人報酬は家庭裁判所が事案ごとに決定します。東京家庭裁判所の「報酬額のめやす」では、通常の後見事務について管理財産額に応じた基本報酬が示されており、身上監護等に特別困難な事情がある場合には、基本報酬額の50%以内で付加報酬が加算されます。これとは別に、不動産売却などの特別の行為をした場合には、事案に応じて相当額の付加報酬が認められることがあります。

この報酬は後見制度が続く限り毎月発生するため、長期的な費用負担として計画に織り込んでおく必要があります。仮に月額3万円の報酬が10年間続くと、総額は360万円になります。後見制度の利用を決める段階で、こうした長期コストも含めて資金計画を立てておくことが大切です。

後見人選任から売却完了までどのくらいかかるのか

成年後見人による不動産売却には、通常の売却よりも時間がかかります。各段階の期間の目安を整理しておきましょう。

段階 期間の目安
後見開始申立てから後見人選任まで 1〜3か月
財産調査・財産目録の作成 1〜2か月
査定依頼・売却活動・買主探し 1〜6か月(物件や市場環境による)
居住用不動産処分許可の申立てから許可まで 約1か月
決済・登記・引渡し 許可後1か月前後

すべてがスムーズに進んだ場合でも、後見人の選任から売却完了まで最短で4〜6か月程度はかかります。買主がなかなか見つからない場合や、裁判所の審査に時間を要する場合は1年以上かかることも珍しくありません。さらに、売却後の確定申告まで含めると、全体の期間はさらに延びます。

急いで売却する必要がある場合(施設費用の支払いが迫っているなど)は、申立て段階で売却の緊急性を裁判所に伝えておくことが重要です。ただし、手続きを省略することはできないため、焦って準備不足のまま進めるよりも、早い段階から計画的に準備を始めることが結果的には近道になります。

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許可される場合・されない場合を分ける4つの判断基準

居住用不動産の処分許可を家庭裁判所に申し立てた場合、裁判所はどのような基準で許可・不許可を判断するのでしょうか。

明文化された統一基準があるわけではありませんが、実務上は以下の4つのポイントが重視されています。これらを理解しておけば、許可が得やすい申立ての準備ができます。

1.売却しなければならない理由が本人のためか

家庭裁判所が最も重視するのは、「売却の目的が本人の利益のためかどうか」という点です。許可が下りやすいのは、以下のような理由がある場合です。

  • 施設入所費用や医療費の支払いに充てる必要がある
  • 本人の預貯金だけでは今後の生活費がまかなえない
  • 空き家のまま放置すると老朽化や管理費の負担が増える
  • 固定資産税の支払いが本人の家計を圧迫している

一方で、以下のような理由では許可が下りにくくなります。

  • 相続人の資産運用のために現金化したい
  • 親族の生活費に充てたい
  • 相続税の納税資金を確保するために売却したい(本人の利益とは言い切れない場合)

ポイントは、売却の動機があくまでも「本人の生活・療養・安全のため」であることを、具体的な数字や資料で示せるかどうかです。施設の月額費用と本人の年金収入を比較した収支計画書や、空き家の維持管理にかかるコストの見積もりなど、客観的な根拠があるほど説得力が増します。

2.売却価格は相場から見て適正か

裁判所は、売却価格が市場相場と比べて適正かどうかを必ず確認します。不動産仲介会社の査定書を添付するのは、この確認のためです。相場とかけ離れた安値での売却は、本人の財産を不当に減少させる行為として許可されません。

とくに注意が必要なのが、親族間の売買です。たとえば、後見人の家族が相場より大幅に安い価格で買い取ろうとするケースでは、利益相反の問題も絡むため、許可が下りる可能性はきわめて低くなります。複数の不動産会社から査定を取得し、設定した売出価格が査定額の範囲内であることを示すことが、スムーズな許可取得のカギです。

市場環境によっては、査定額どおりに売れないケースもあります。その場合は、値下げの根拠(内覧件数や市場動向のデータなど)を用意し、改めて裁判所に説明する必要が生じることもあります。

3.売却代金は本人のためにきちんと管理されるか

不動産を売却して得た代金が、本人の利益のために適切に管理される見込みがあるかどうかも、重要な判断材料です。裁判所は、売却代金の管理計画を具体的に確認します。

具体的には、売却代金を本人名義の預貯金口座で管理すること、その資金を本人の施設費用・医療費・生活費に充てる計画があること、使途を明確にした収支計画を提出できることなどが求められます。

後見人や親族が売却代金を私的に使うことは絶対に認められません。「相続の前渡しとして子どもに分配する」「孫の学費に使う」といった使い方は、たとえ家族内で合意があったとしても、後見人の権限外の行為です。不適切な資金使用が発覚した場合は、後見人の解任だけでなく、損害賠償請求の対象になります。

4.本人の住まいは確保できるか、親族の反対はないか

居住用不動産を売却するということは、本人の住まいがなくなるということです。そのため、裁判所は売却後の本人の住居が確保されているかどうかを確認します。すでに施設に入所している場合は、その施設での生活が安定していること、退去のリスクが低いことなどを説明できれば問題ありません。

もうひとつ重要なのが、親族の意向です。親族の反対は法的な拒否権ではありませんが、家庭裁判所の判断材料にはなります。たとえば、本人の子どもの一人が「実家を残してほしい」と強く反対している場合、裁判所はその理由や背景を確認したうえで判断を下します。

親族間で意見が割れている場合は、売却前に家族会議を開いて合意形成を図っておくことが望ましいでしょう。全員の賛成が得られなくても、「本人の施設費用を確保するために売却が不可欠であること」を客観的な資料とともに説明し、理解を得る努力をした事実は、裁判所への説明材料としても有効です。

実務で起きやすいトラブルと事前に防ぐためのポイント

成年後見人による不動産売却では、制度特有のリスクやトラブルが存在します。事前に知っておくだけで防げるものがほとんどなので、ここでよくあるケースとその対策を押さえておきましょう。

停止条件付き契約を使わないと違約金リスクがある

これはすでにステップ4でも触れましたが、実務上のトラブルとして最も多いのが、停止条件を付けずに通常の売買契約を結んでしまうケースです。家庭裁判所の許可が下りなかった場合、売主(後見人)は契約を履行できません。通常の契約であれば、これは債務不履行にあたり、買主から手付金の倍返しや違約金の請求を受ける可能性があります。

停止条件付き契約であれば、「許可が下りなければ契約は成立しなかったことになる」ため、こうした金銭トラブルを回避できます。不動産仲介会社や司法書士も、成年後見人が売主となる取引では停止条件の付帯を当然のものとして扱っていますが、経験の浅い担当者が見落とすこともゼロではありません。契約書を確認する際は、停止条件の条項が確実に盛り込まれているか、後見人自身でも必ずチェックしてください。

親族を後見人候補にしても選ばれないことがある

「家族が後見人になれば、手続きも早く進むし費用も抑えられるはず」と期待して親族を候補者にしたものの、家庭裁判所が弁護士や司法書士を選任した――こうしたケースは少なくありません。最高裁の最新資料(2025年1月〜12月)では、選任された後見人等のうち約83.6%が親族以外の第三者でした。

専門職が選ばれやすいのは、管理する財産の規模が大きい場合、親族間で利害関係や意見の対立がある場合、後見事務が複雑で法的・会計的な専門知識を要する場合などです。家庭裁判所はあくまでも「本人のためにもっとも適切な人」を選ぶため、親族の希望どおりにならないことがあります。

「選ばれない可能性がある」ことを理解しつつも、親族が候補者に名乗り出ること自体が否定されるわけではありません。候補者として適切であれば認められる可能性は十分にあります。万が一専門職が選任された場合に備えて、後見人報酬のコストや、意思決定に時間がかかる可能性も含めてスケジュールと予算を組んでおくと安心です。

売却が終わっても後見制度は原則として続く

「実家を売却するために成年後見制度を利用した。売却が無事に終わったので、もう後見人は不要だ」――このような考えは、制度の仕組みを誤解しています。

現行の成年後見制度は、一度開始すると原則として本人が亡くなるまで、または判断能力が回復するまで継続します。不動産売却は後見事務の一部にすぎないため、売却が完了しても後見人は引き続き本人の財産管理と身上監護を担い続けます。売却代金の管理、施設費用の支払い、定期的な家庭裁判所への報告など、日常的な後見事務は売却後もずっと続くのです

後見人が辞任するには家庭裁判所の許可が必要であり、「売却が終わった」だけでは正当な辞任理由とは認められません。高齢や病気など、後見事務の継続が困難になるような事情がない限り、辞任は原則として認められないと考えておいた方がよいでしょう。

なお、法務省では2025年6月の中間試案、2026年1月27日の部会要綱案を経て、同年2月12日に法制審議会で要綱案が採択されており、制度利用の必要がなくなった場合に後見を終了できる仕組みも検討されています。もっとも、改正法はまだ施行されていないため、現時点では現行のルールが適用されます。

売却代金の私的流用は解任・損害賠償の対象になる

後見人は本人の財産を預かる立場であり、その管理には厳格な善管注意義務が課されています。売却代金を後見人自身の生活費に流用する、親族に分配する、投資に回す――こうした行為は本人の利益に反する私的流用であり、発覚すれば深刻な結果を招きます。

まず、家庭裁判所から後見人を解任される可能性があります。解任されると、新たに選任された後見人から損害賠償を請求されることになります。さらに、流用の金額や態様によっては、業務上横領罪として刑事責任を問われるケースもあります。

こうしたリスクを防ぐためにも、売却代金は本人名義の専用口座で管理し、その口座から支出する場合は使途を明確に記録しておくことが重要です。通帳のコピーや領収証を時系列で整理しておけば、家庭裁判所への報告もスムーズに行えます。後見制度支援信託や後見制度支援預貯金といった仕組みを利用して、大口の資金を安全に管理する方法もあります。これらは家庭裁判所の指示書にもとづいて手続きを行うため、不正利用のリスクを大幅に低減できます。

認知症になる前にできる3つの選択肢を比較する

「もし自分や家族が認知症になったら、家をどうすればいいのか」。この不安を抱えている方にとって、判断能力があるうちに取れる対策を知っておくことは非常に価値があります。成年後見制度は判断能力が低下した後の「最後の手段」ですが、元気なうちに準備しておけば、より柔軟で迅速な対応が可能になります。

任意後見制度――代理権目録に売却権限を入れておけば柔軟に動ける

任意後見制度は、本人が判断能力を十分に持っているうちに、将来の後見人と権限の範囲をあらかじめ決めておく制度です。公正証書で任意後見契約を結び、将来判断能力が低下したときに、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで契約の効力が発生します。

不動産売却を見据えた場合のポイントは、契約書の「代理権目録」に不動産の売却、媒介契約の締結、売買代金の受領、登記手続き、税務申告といった一連の権限を漏れなく記載しておくことです。代理権目録に記載のない行為は任意後見人でも行えないため、権限の書き漏れがあると売却時に対応できなくなるリスクがあります。

任意後見契約を公正証書で作成する際の費用は、公証人手数料が1契約につき1万3,000円、登記嘱託手数料1,600円、収入印紙2,600円が基本です。これに公正証書の枚数に応じた加算料や、正本・謄本の交付手数料がかかります。合計で2万〜3万円程度が目安です。

任意後見の最大のメリットは、後見人を本人が信頼する人に指定できる点にあります。法定後見のように「裁判所が選ぶ誰か」ではなく、自分で選んだ家族や専門家に財産管理を任せられるため、本人の意向が反映されやすくなります。また、任意後見では代理権目録に売却権限が定められていれば、居住用不動産であっても法定後見のような家庭裁判所の処分許可は原則不要とされています。ただし、本人の重要財産の処分に当たるため、売却の必要性や価格の妥当性を慎重に検討し、任意後見監督人に事前相談したうえで進める必要があります。「任意後見なら何でも自由」ではなく、監督人との連携が欠かせない点を押さえておきましょう。

家族信託――裁判所の許可なしで売却できるが設計コストがかかる

家族信託は、本人(委託者)が判断能力のあるうちに、信頼できる家族(受託者)に不動産などの財産を託し、受託者がその財産を管理・処分する仕組みです。成年後見制度とは異なる法的枠組みであり、信託契約で売却権限を適切に定めておけば、家庭裁判所の許可なしで不動産を売却できるのが大きな特徴です。

信託契約では、不動産の管理方法、売却の条件、売却代金の使い道、信託終了後の財産の帰属先などを自由に設計できます。「親が施設に入ったら自宅を売却して、その代金を施設費用に充てる」といった具体的なシナリオを契約時に定めておくことが可能です。

ただし、家族信託には相応のコストがかかります。家族信託には、信託登記の登録免許税(土地は固定資産税評価額の0.3%、建物は0.4%)などの公的費用に加え、契約設計、公正証書化、登記代行などの専門家費用がかかります。総額は、不動産の有無、財産規模、契約設計の複雑さ、どこまで専門家に依頼するかによって大きく変わりますが、トータルコストは50万〜100万円以上になるケースが多い傾向にあります。

また、家族信託は万能の制度ではありません。信託契約の設計を誤ると、売却権限の範囲が不明確になったり、金融機関での手続きがスムーズに進まなかったりする場面も出てきます。さらに、受託者が信託財産を不適切に管理するリスクに対しては、成年後見制度のような裁判所の監督がないため、信託監督人の設置や受益者代理人の選任など、自主的なチェック体制を契約に組み込んでおく必要があります。

生前贈与――所有権を移せるが贈与税と相続トラブルに注意

判断能力があるうちに、不動産の所有権を子どもなどに贈与しておけば、将来の売却は新しい所有者が自由に行えるため、成年後見制度を利用する必要がなくなります。これが生前贈与のメリットです。

しかし、不動産の生前贈与には大きな税務上のハードルがあります。不動産は評価額が高くなりやすいため、暦年課税の基礎控除110万円をはるかに超えるケースがほとんどです。超えた部分には贈与税が課税され、その税率は金額に応じて10〜55%と高めに設定されています。

「相続時精算課税制度」を利用すれば、原則60歳以上の親から18歳以上の子や孫への贈与について、累計2,500万円まで贈与税が非課税になりますが、この制度には注意点があります。一度選択すると暦年課税に戻れないこと、相続時に贈与した財産の価額を相続財産に加算して相続税を計算する必要があることなどです。また、不動産を贈与する際には不動産取得税や登録免許税も別途かかります。

税金以外にも、兄弟姉妹間の公平性の問題があります。ある子どもにだけ不動産を贈与した場合、他の相続人から不満が出て、将来の相続トラブルの火種になることがあります。さらに、贈与した後に親本人が住む場所を失ってしまうリスクにも目を配る必要があります。

生前贈与は「所有権を確実に移転できる」という点では有力な選択肢ですが、税負担と家族関係への影響を十分に検討したうえで、税理士や弁護士と相談しながら進めることをおすすめします。

成年後見人による不動産売却でよくある質問

Q. いま住んでいない実家も「居住用不動産」になりますか?

A. なり得ます。居住用不動産かどうかは、住民票の所在地ではなく、本人がその建物を生活の本拠としていたか、将来住む可能性があるかという実態で判断されます。老人ホームや病院に入っていて現在は空き家になっている場合でも、入所前に住んでいた家や将来戻る可能性がある家は居住用不動産に含まれます。裁判所は本人の生活基盤を守る観点から居住用の範囲を広く解釈する傾向にあるため、判断に迷うときは事前に家庭裁判所へ相談するのが安全です。

Q. 家庭裁判所の許可が出る前に売買契約を結んでも大丈夫ですか?

A. 停止条件付きの契約であれば可能です。「家庭裁判所の居住用不動産処分許可が得られることを条件として契約の効力が生じる」という条項を契約書に明記しておけば、許可が下りなかった場合は契約自体が白紙に戻ります。停止条件なしの通常契約を結んでしまうと、許可が得られなかったときに違約金や損害賠償のリスクが発生するため、必ず停止条件を付けるようにしてください。なお、家庭裁判所によっては、正式な契約を結ぶ前に契約書の「案」を添付して許可申立てを行う運用を取っているところもあります。

Q. 売却したお金を家族の生活費や相続対策に使えますか?

A. 使えません。売却代金は本人の財産であり、本人の生活費、医療費、施設費用など、本人自身のために使うことが原則です。後見人には本人の財産を適切に管理する義務があり、家族の生活費への流用、相続人への先渡し、投資への転用などは認められていません。私的流用が発覚した場合は、家庭裁判所による後見人の解任、後任の後見人からの損害賠償請求、さらには刑事責任(業務上横領など)を問われる可能性があります。売却代金は本人名義の口座で管理し、使途を明確に記録しておくことが求められます。

Q. 親族を後見人に指名すれば必ずその人が選ばれますか?

A. 必ず選ばれるとは限りません。家庭裁判所は本人の利益を最優先に後見人を選任するため、候補者として記載した親族ではなく、弁護士や司法書士などの専門職が選ばれることがあります。とくに財産規模が大きい場合、親族間で意見が対立している場合、管理に専門的な知識が必要な場合は、専門職が選任されやすくなります。最高裁の最新資料(2025年)では、親族が候補者として申立書に記載された事件の割合は19.7%、親族が選任された割合は16.4%でした。親族候補が記載されていても事案によっては専門職が選任されることがありますが、適切な候補者であれば認められる可能性は十分にあります。

Q. 任意後見なら家庭裁判所の許可なしで家を売れますか?

A. 原則として不要です。任意後見では、代理権目録に売却権限が定められていれば、本人の居住用不動産であっても法定後見のような家庭裁判所の処分許可は原則不要とされています。ただし、本人の重要財産の処分に当たるため、任意後見監督人に事前相談し、売却の必要性や価格の妥当性を確認しながら進めてください。法定後見(後見・保佐・補助)では居住用不動産の処分に家庭裁判所の許可が必要ですので、どの制度を利用しているかによってルールが異なる点に注意しましょう。

Q. 不動産を売却したら成年後見制度をやめられますか?

A. 原則としてやめられません。現行の成年後見制度は、本人の判断能力が回復しない限り、基本的に本人が亡くなるまで継続します。不動産売却は後見事務の一部にすぎないため、売却完了後も後見人は引き続き財産管理や身上監護の責任を負い続けます。後見人が辞任するには家庭裁判所の許可が必要であり、「売却が終わったから」という理由だけでは正当な辞任事由とは認められません。なお、法制審議会では制度利用の必要がなくなった場合に後見を終了できるようにする改正が検討されており、将来的には運用が変わる可能性があります。

Q. 成年後見人の報酬は毎月いくらくらいですか?

A. 報酬額は家庭裁判所が事案ごとに決定しますが、東京家庭裁判所が公表している目安では、管理財産額1,000万円以下の場合は月額2万円、1,000万円超5,000万円以下の場合は月額3万〜4万円、5,000万円超の場合は月額5万〜6万円が基本報酬とされています。不動産売却のような特別困難な事務がある場合は、基本報酬の50%以内で付加報酬が認められることもあります。後見監督人が選任されている場合は、監督人の報酬も別途発生します。報酬はすべて本人の財産から支払われ、後見人が「報酬付与の申立て」を行った後、裁判所の審判を経て受け取る仕組みになっています。

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まとめ――成年後見人の不動産売却で失敗しないために確認する3つのこと

成年後見人が不動産を売却する手続きは、通常の不動産売却に比べて関係者が多く、時間もコストもかかります。しかし、事前にポイントを押さえておけば、手続き自体は決して難しいものではありません。最後に、失敗を防ぐために必ず確認しておくべき3つのポイントを整理します。

  • 居住用かどうかを必ず確認し、家庭裁判所の許可を得ること。居住用不動産の範囲は想像以上に広く、施設に入所していても居住用に該当する場合があります。許可なく売却した契約は無効となり、損害賠償のリスクもあります。迷ったら売却活動を始める前に家庭裁判所へ確認してください。
  • 売却の必要性と価格の妥当性を示す資料を準備すること。裁判所が許可を出すには、「なぜ売る必要があるのか」「価格は適正か」「代金はどう管理するか」という3点について、客観的な根拠が求められます。施設費用の見積もり、本人の収支計画、複数社の査定書などを早めに揃えましょう。
  • 早めに専門家へ相談し、状況に合った方法を選ぶこと。成年後見だけが選択肢ではありません。判断能力があるうちなら、任意後見、家族信託、生前贈与といった手段も検討できます。任意後見なら居住用不動産の処分許可が原則不要になるなど、制度によって手続きの負担が変わります。それぞれにメリットとデメリットがあるため、弁護士・司法書士・税理士などの専門家と相談しながら、家族の状況に合った最適な方法を選ぶことが大切です。

成年後見人による不動産売却は、本人の生活を守るための重要な手続きです。制度のルールを正しく理解し、必要な準備を一つひとつ丁寧に進めていけば、本人にとっても家族にとっても安心できる結果にたどり着けるはずです。まずは管轄の家庭裁判所や信頼できる専門家に相談するところから始めてみてください。